荷物を送る時の“絶対的”信頼感と不信感
皆さんは、誰かに荷物を送る時にどこの業者を使いますか?
昨年後半から人に荷物を送ることが時々あって、郵便局が近いこともあって最初は郵便宅配小包扱いを使っていました。そして、大晦日に荷物を出す時には、少し営業所が遠いがクロネコヤマトの宅急便を使って送りました。
そのときに感じた消費者としての民間業者による宅配便と郵政公社の小包便に対する“絶対的”信頼感と不信感を感じたので、なぜそう思ったのかを考察してみようと思う。
皆さん、郵便が届くのは“郵便局”からというイメージでしょう。
そして、“小包”ならば“郵便局”で、“宅配便の荷物”は“民間の運輸業者”というイメージでしょう。
ここで取り上げる民間業者は、クロネコヤマトの宅急便としましょう。
この両者は、コンビニでの荷物取り扱いで随分ともめたことはニュースでご存知の方も多いと思います。
さて、実際に荷物を出そうという時に感じたことをありのままに書いていこうと思う。
1回目、人に額入りの写真を送るため厳重に梱包して郵便局に持ち込んだ。
発送にかかる値段は知らずに行ったのだが、重量はそんなに重くないのだが、形が結構大きかったせいか、1000円かかった。
このとき思ったこと
『えっ?こんなに軽いのに1000円もかかるの?』
だった、大きさからいって、宅配荷物扱いのほうになるそうだが、どうしても“高い”というイメージがぬぐえない。その荷物はちゃんと翌日には届いた。
さて、2回目はクリスマス・イブのこと
神戸ルミナリエにいったお土産、CDなのだが割れ物である関係上、クッション封筒で送った。当然、この時期に贈るということは送り先の相手に対する「クリスマス・プレゼント」であることは、皆様にも容易に想像できると思う。送り先は、片方は大阪、もう片方は山口県。
これは厳密には小包ではないと思われる方もあるかも知れないが、今回のテーマ「信頼感と不信感」の部分で見て頂きたい。
この場合、届くのにどれくらいの費用と時間がかかるかで、定形外郵便にするか、宅配小包扱いにするか決めようと考えていた(かける経費の予算の関係もあるので)。
値段やかかる日にちをひとしきり尋ねた後、少し考えていると窓口の局員が聞いてきた。
局員:「中身はなんですか?」
私 :「CDです」
局員:「手紙は入っていますか」
私 :「メッセージカードみたいなものはいれていますが…」
局員:「開封して中身を確認させてもらって宜しいですか」
このとき、思ったこと
私 :(あ?ちょっと、ちょっと!クリスマス・プレゼントだってことくらい察すること出来んのか!)
それを察したのか
局員:「通信文が入っているのでしたら、『書籍扱い』には出来ませんね」
といってきた。
さて、皆さん、ここまでの部分をも一度よ?く読んで頂きたい。私は
“「書籍扱い」で送れませんか?”
と一言でも言っただろうか?
いや、それ以前に、私はCDを「書籍扱い」で安く送れることなど全く知らない。
宅配小包扱いにするのに躊躇したのは、日数と費用のバランスを考えてのことで、「書籍扱い」にしてほしいからではない。局員の口調も事務的で笑顔もない、人によっては慇懃無礼とも取られかねない対応。
結局、大阪の方は定形外郵便扱いで、山口の方は宅配小包扱いにした。
このとき思ったこと
『ホントに明日とどくんかなぁ、心配だなぁ…』
3回目は、大晦日の日。
郵便局はこの時期年賀状をさばくのに、恐らく精一杯であろうと思われるので、当てにならないと踏んで、クロネコヤマトの宅急便をつかった。
クロネコヤマトの地元の営業所へ行った。なぜ、取次所でなく営業所へ行ったのか。
実は、クロネコヤマトさんには営業所へ直接荷物を持ち込むと集荷の手がかからないということでいくらか割り引いてくれるという「持ち込み割引」というサービスがあるのだ。これを当てにして、持込をかけるひとも結構いらっしゃるのです。
さて、女性のアルバイトスタッフが対応してくれた。何故かほっとする。梱包はしていたがそのままでは送れる状態ではないので、発送用の梱包袋を頂いた。
送り状を書いて梱包し重量を量って値段がでた。2kgもないくらいのものだったが、山口県まで送って850円だった。正直な気持ちは
(えっ?結構重いのに850円で山口まで届くの?)
だった。
出来れば元日にはとどけたいので、ひとこと尋ねた。
『明日届きますかね?』
「通常であれば届くはずですが、年末年始であることと雪の関係で遅れることがあるかもしれません」
という返事だった。「それでも、ちゃんと届くんだったらいいか」というなぜだか安心感がある。
「クロネコさんにお願いすると何だか安心感がありますね」
と窓口の方に伝えた。
「ありがとうございます」
と言葉が返ってきた。
断っておかなければいけないが、そんなお礼の言葉が欲しくて、お世辞を言ったのではない。消費者としての正直な感想だったのだ。
「おねがいします」とその営業所を後にした。
荷物自体は、元日はさすがに無理だったようで1月2日に届いたようだった。しかし、元日につかなかったにもかかわらず、「まぁ、お正月だし仕方ないか」と許せてしまう気が起きる。
その心理の裏には「郵便局だともっと遅いはずだ」という固定概念があるからだろう。
さて、ここまで書いて見ると両者に対する消費者の固定概念というのが浮き彫りになってきました。
郵便局
・届くのが遅い
・着かないこともありえる
・その代わり料金が安い
(小包なのに郵便物のイメージをぬぐえない)
宅急便
・確実に届く、
・明日にでも届けたければ
可能な手段がある。
・その代わり郵便よりも
少々割高になる
こんなところではないだろうか?つまり、一番初めの“どうしても“高い”というイメージがぬぐえない。”のは、郵便局は「安い」というイメージがあるからだろう
宅急便業者の“元日につかなかったにもかかわらず、「まぁ、お正月だし仕方ないか」と許せてしまう気が起きる”のは、このお正月の忙しい時期に一日遅れでもちゃんと届いた、という絶対的安心感があるのだろうなぁ、と感じる。
もちろん、郵便と宅配小包ではちがうのだが、これは両者がこれまでやってきたことの積み重ねが、消費者の心理に反映した結果だとおもう。
昨年後半から人に荷物を送ることが時々あって、郵便局が近いこともあって最初は郵便宅配小包扱いを使っていました。そして、大晦日に荷物を出す時には、少し営業所が遠いがクロネコヤマトの宅急便を使って送りました。
そのときに感じた消費者としての民間業者による宅配便と郵政公社の小包便に対する“絶対的”信頼感と不信感を感じたので、なぜそう思ったのかを考察してみようと思う。
皆さん、郵便が届くのは“郵便局”からというイメージでしょう。
そして、“小包”ならば“郵便局”で、“宅配便の荷物”は“民間の運輸業者”というイメージでしょう。
ここで取り上げる民間業者は、クロネコヤマトの宅急便としましょう。
この両者は、コンビニでの荷物取り扱いで随分ともめたことはニュースでご存知の方も多いと思います。
さて、実際に荷物を出そうという時に感じたことをありのままに書いていこうと思う。
1回目、人に額入りの写真を送るため厳重に梱包して郵便局に持ち込んだ。
発送にかかる値段は知らずに行ったのだが、重量はそんなに重くないのだが、形が結構大きかったせいか、1000円かかった。
このとき思ったこと
『えっ?こんなに軽いのに1000円もかかるの?』
だった、大きさからいって、宅配荷物扱いのほうになるそうだが、どうしても“高い”というイメージがぬぐえない。その荷物はちゃんと翌日には届いた。
さて、2回目はクリスマス・イブのこと
神戸ルミナリエにいったお土産、CDなのだが割れ物である関係上、クッション封筒で送った。当然、この時期に贈るということは送り先の相手に対する「クリスマス・プレゼント」であることは、皆様にも容易に想像できると思う。送り先は、片方は大阪、もう片方は山口県。
これは厳密には小包ではないと思われる方もあるかも知れないが、今回のテーマ「信頼感と不信感」の部分で見て頂きたい。
この場合、届くのにどれくらいの費用と時間がかかるかで、定形外郵便にするか、宅配小包扱いにするか決めようと考えていた(かける経費の予算の関係もあるので)。
値段やかかる日にちをひとしきり尋ねた後、少し考えていると窓口の局員が聞いてきた。
局員:「中身はなんですか?」
私 :「CDです」
局員:「手紙は入っていますか」
私 :「メッセージカードみたいなものはいれていますが…」
局員:「開封して中身を確認させてもらって宜しいですか」
このとき、思ったこと
私 :(あ?ちょっと、ちょっと!クリスマス・プレゼントだってことくらい察すること出来んのか!)
それを察したのか
局員:「通信文が入っているのでしたら、『書籍扱い』には出来ませんね」
といってきた。
さて、皆さん、ここまでの部分をも一度よ?く読んで頂きたい。私は
“「書籍扱い」で送れませんか?”
と一言でも言っただろうか?
いや、それ以前に、私はCDを「書籍扱い」で安く送れることなど全く知らない。
宅配小包扱いにするのに躊躇したのは、日数と費用のバランスを考えてのことで、「書籍扱い」にしてほしいからではない。局員の口調も事務的で笑顔もない、人によっては慇懃無礼とも取られかねない対応。
結局、大阪の方は定形外郵便扱いで、山口の方は宅配小包扱いにした。
このとき思ったこと
『ホントに明日とどくんかなぁ、心配だなぁ…』
3回目は、大晦日の日。
郵便局はこの時期年賀状をさばくのに、恐らく精一杯であろうと思われるので、当てにならないと踏んで、クロネコヤマトの宅急便をつかった。
クロネコヤマトの地元の営業所へ行った。なぜ、取次所でなく営業所へ行ったのか。
実は、クロネコヤマトさんには営業所へ直接荷物を持ち込むと集荷の手がかからないということでいくらか割り引いてくれるという「持ち込み割引」というサービスがあるのだ。これを当てにして、持込をかけるひとも結構いらっしゃるのです。
さて、女性のアルバイトスタッフが対応してくれた。何故かほっとする。梱包はしていたがそのままでは送れる状態ではないので、発送用の梱包袋を頂いた。
送り状を書いて梱包し重量を量って値段がでた。2kgもないくらいのものだったが、山口県まで送って850円だった。正直な気持ちは
(えっ?結構重いのに850円で山口まで届くの?)
だった。
出来れば元日にはとどけたいので、ひとこと尋ねた。
『明日届きますかね?』
「通常であれば届くはずですが、年末年始であることと雪の関係で遅れることがあるかもしれません」
という返事だった。「それでも、ちゃんと届くんだったらいいか」というなぜだか安心感がある。
「クロネコさんにお願いすると何だか安心感がありますね」
と窓口の方に伝えた。
「ありがとうございます」
と言葉が返ってきた。
断っておかなければいけないが、そんなお礼の言葉が欲しくて、お世辞を言ったのではない。消費者としての正直な感想だったのだ。
「おねがいします」とその営業所を後にした。
荷物自体は、元日はさすがに無理だったようで1月2日に届いたようだった。しかし、元日につかなかったにもかかわらず、「まぁ、お正月だし仕方ないか」と許せてしまう気が起きる。
その心理の裏には「郵便局だともっと遅いはずだ」という固定概念があるからだろう。
さて、ここまで書いて見ると両者に対する消費者の固定概念というのが浮き彫りになってきました。
郵便局
・届くのが遅い
・着かないこともありえる
・その代わり料金が安い
(小包なのに郵便物のイメージをぬぐえない)
宅急便
・確実に届く、
・明日にでも届けたければ
可能な手段がある。
・その代わり郵便よりも
少々割高になる
こんなところではないだろうか?つまり、一番初めの“どうしても“高い”というイメージがぬぐえない。”のは、郵便局は「安い」というイメージがあるからだろう
宅急便業者の“元日につかなかったにもかかわらず、「まぁ、お正月だし仕方ないか」と許せてしまう気が起きる”のは、このお正月の忙しい時期に一日遅れでもちゃんと届いた、という絶対的安心感があるのだろうなぁ、と感じる。
もちろん、郵便と宅配小包ではちがうのだが、これは両者がこれまでやってきたことの積み重ねが、消費者の心理に反映した結果だとおもう。

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